左利き専用レフティギター専門店の誕生秘話!?谷口楽器インタビュー(前編)




レフティ(左利き)ギター専門店の誕生秘話!?谷口楽器インタビュー

インタビュアー:Taisuke Yagi

 

左利きな人々へのインタビュー『ヒダリキックインタビュー』。
第2回となる今回は全国的にも有名な左利きギターの専門店、谷口楽器さんへのインタビューです。

左利き楽器店を始められた河津店長と現在のレフティー(左利き)ギター売り場のスタッフで自身左利きでもある井関さんにお話をお聞きしました。

 

レフティ(左利き)ギター専門店の誕生秘話!?谷口楽器インタビュー

 

ーー左利き専門の始められたのはどういった経緯だったんでしょうか?

 

河津:深い理由はないんですよ。この辺りは楽器店が多いじゃないですか。(※1)同じことをやってたんじゃお客様が呼べないんですよ。

その当時だんだんと他のお店が多店舗展開してきたんですよ。

やっぱり一件しかないうちとしてはなんとしても何かやるしかなかったんですよね。
それで別に左じゃなくても正直よかったところはあったんですけど、ただやるものがなかったんです。

どこでもすでにいろんなことをやってるんで。 もともと左利き用のギター自体が少し置いてあったんですね。まあ、10本くらいですか。置いてあって。

ちょこちょことは売れていたので、この際だから、左をやってみるかと、きっかけはそういう感じだったんです。

 

 

ーー現在は左利き専門店という形なのでしょうか。右も取り扱いがあるんですか?

 

河津:ほとんど左です。 鍵盤ハーモニカなど別の楽器も別の階取り扱いがありますが、 ギター関係はほとんど左だけですね。

レフティ(左利き)ギター専門店の誕生秘話!?谷口楽器インタビュー

左利きギターがところ狭しと並ぶ谷口楽器の店内

 

 

ーーちなみに河津さんは左利きですか?

 

河津:右利きです(笑)

 

もともとは左の店ではなく普通のお店だったので笑

さっきも申し上げた通り、もともとは何かしないと他店と差別化が出来ないといういうことだったんです。 同じものを売っているで、値引きの競争等になってしまうんですよ。 たくさん店があって売れるんであればいいですけど、一軒しかない中で、 値引きの競争に巻き込まれてしまうと商売としてなかなか厳しいところがあったんです。

それで、左やってみようかというか、 無理矢理やってしまったんだけど(笑)

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左利き楽器店を始められた河津店長

 

 

ーー無理矢理始められたというのはというのは、誰かに反対されたとかですか?

 

河津:いやそういうわけじゃないんですが、僕がそこでいれちゃったたけで(笑)

まあというのは、左利き用ギターをやるって言ってもその当時のメーカーさんは左っていうのはそんなになかったんですよ。 それである程度在庫を持ってるところがあるんですが、やっぱり動かないんです。

持ってると言っても在庫自体は少なかったですし、ただそれでも持ってるメーカーがあったんで、とりあえず借りようと。

 

 

ーーつまりメーカーとしても左利き用を作っても在庫が残ってしまうという課題があったということですよね。

 

河津:そうそう。

メーカーもその当時は左利き商品に対して問い合わせがきたら売ろうという感じの考え方が多少あったと思うんです。

そこで、何本か買うから、貸してくれと。 とりあえず場所を提供する、というかたちで、露出しないとだめだからと交渉したんです。 もともとうちも普通の店だったから、右をやりながら奥の方で左を置いてたんですね。 普通の右利きのものメインで左は上乗せになればいいかなという考えかたでやってたので、 借りられればこちらとしてもそのほうがよいね。売れたら入れてくれという形で。

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それでその当時集めたりして、50本くらい集まったんですよ。 やりはじめのときはそれほど売れてはいなかったんだけど、 お客さんがきて奥の左のコーナーのところで、お客さん同士が話し合ったりして。 それでここに左利きがあるよと広まった感じですね。

まだその当時はインターネットなんかも少なかったので お客さんに左をやっているというのを知らせる方法は雑誌しかなかったんです。

そこで雑誌の広告でもって左だけを出してみたんです。 最初は右と左で出してたんですけど、そのうち左だけでやってみようかということで、大体3ヶ月くらい続けてみたんですね。

そしたらそのうち雑誌をみて問い合わせが増えるようになって。 やっぱり探している人自体はいたんですね、きっと。

それで始めてみて、雑誌の広告の方もこの際だから名前を「レフティ谷口」という名前に変えてしばらく出してたんです。 左だけを出してね。

そうやってるうちにお客さんがついてきてくれて、商品が動くようになったんです。

動くようになってくるとメーカーに借りているものだから、売っちゃうと逆にものがなくなってくるんです。

 

そのかわりメーカーさんは作ってくれないからこっちから注文をだして商品を入れるしかないわけです。

まあお客さんからも「こういうのないですか」ってよく聞かれたこともあったんですけど、 とりあえずは売れるものを作らないとしょうがないから、まあじゃあしょうがないからこちらからオーダーかけて作ろうかって 。

でも当時はメーカーも「やろう」ってあんまり腰を上げてはくれないんですよね。 「売れるかわからないものを作れない」って言って。

レフティ(左利き)ギター専門店の誕生秘話!?谷口楽器インタビューというのも今の作り方からすると1本じゃ作らないんですね。

機械でのロット本数での生産になるから。

最低で大体6本くらい。 6本だけっていっても1機種6本にして1色だけって分けにはいかないじゃないですか。 それを3色作るとしても18本になっちゃうわけですよ。

 

それが全部店の負担になっちゃうんで。

そこらへんはあんまり商品が動くかどうかわからない部分もあったんですけど。

とりあえず売るものがなくちゃしょうがないってことで。

 

 

 

ーー今もでは注文をされて在庫は揃えられているんですか?

 

河津:大体今はもう結構メーカーさんも商品が売れることがわかったから 腰を上げてくれて。 もちろんそれでも出来ないものもありますけどね。 なんでもかんでも揃えられるわけではないですけど。

 

ーーそれでは左利き楽器の文化というか価値観的な意味でも、谷口さんからの注文がきっかけでメーカーも売れるんだということに気づいたというところもあるかもしれないですね。

 

河津:多少はそれもあるんじゃないかと思います。

最初のうちはやはりメーカーさんとしても作るには作れるけど メーカーさんは在庫を持たないわけですよ。作ったら買ってくれというのが条件になってたんです。 最初のうちはそでれもしょうがないなと思って始めたんです。

 

-インタビュー後半に続く-

◯プロフィール

谷口楽器

谷口楽器
楽器屋がひしめき合う街、東京の御茶ノ水にある左利き楽器店。別名「レフティタニグチ」。

谷口楽器ウェブサイト

スタッフ

谷口楽器河津店長

河津店長

谷口楽器の店長。もともと普通の楽器店だった同店を「左利き楽器店」としてシフトした。
ご自身は右利き。

谷口楽器井関さん

井関さん

谷口楽器のギター売り場を担当。
左利き。ご自身もレフティモデルのギターを愛用している。

※1:谷口楽器のある 東京御茶ノ水は楽器店が多く存在し、楽器店街として有名。
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