左利きライフ研究家20年! レフティやすお インタビュー




左利きライフ研究家20年! レフティやすお インタビュー
インタビュアー:Taisuke Yagi

左利きな人々へのインタビュー『ヒダリキックインタビューvol.1』。
第一回は左利きライフ研究家こと、20年以上ライフ研究をされているレフティやすお氏へのインタビューです。
レフティやすお氏はブログにて匿名で左利きについての情報発信を行われています。
20年以上、左利きライフ研究家としてブログでの情報発信されているそのきっかけや想いについてお聞きしました。

 

 

-なぜ単に「左利き研究家」でなく、「左利きライフ研究家」なのですか。

 

レフティやすお:単に「左利き研究」だと色んな面があります。
脳科学や神経心理学、社会学といった専門的な研究や左利き用品の研究といったものも含まれます。私はそういう専門家ではなく、その資格もありません。

 

英語の「life」には、「生命」とか「一生」「人生」、そして「生活」という意味があります。
そこで「ライフ」と付け加えることで、左利きの人の「(日常)生活」あるいは「人生」そのものを考える、という意味合いをもたせています。

 

左利きの人の生活は、右利きの人のそれとは異なります。
様々な不便もありますし、時には人からの非難や差別的な言動を受けることもあります。
当然生き方そのものも、考え方や人生観も違ったものになる要素があります。
そういう「生活」だけでなく、「人生」そのものをも含めて研究の対象にしている、という意味です。

 

 

-そんなレフティやすおさんが左利きライフ研究家として左利きに関する情報発信をしていこうと思われたのはどんなきっかけだったんでしょうか。

 

レフティやすお:一つは道具との出会いですね。

36歳の年末に、生まれて初めての左利き用品として、左手用のカメラ「京セラSAMURAI Z2-L」を手に入れました。
初めて手にしたのに、ずっと昔から使っているような身体にフィットする感じがありました。

 

「やっぱり左利きは左利き用の道具を使わなければ!」と実感。
自分の身体に合ったものを使わなければ、ホントの自分の力は発揮できない。
また、その道具の持っている機能や使い良さも分からない、と思いました。

 

そこへ偶然、『モノ・マガジン』1991年4月2日号 No.188で<左利き特集号>「特集/左を制するモノは時代を制す 左利きの商品学」が出て、実に様々な左手・左利き用品と左利きの情報が詰まっていました。
これが追い風になりました。

翌々年から、身近にいた左利きの友人たちに、はがきサイズの「左組通信」を発行して、左利き用品の宣伝を始めました。

 

京セラサムライ
「自分の身体に合ったものを使わなければ、ホントの自分の力は発揮できない。」
と痛感されたという左利き用カメラ【京セラSAMURAI Z2-L】
インタビュー画像にある、「心はサムライ」はこちらのカメラから。

二つ目は、子供の頃からの左利きコンプレックスがあります。

私の子供のころと言えば、50年も昔のことですので、「ぎっちょ! ぎっちょ!」とからかわれ差別的に扱われたり、何かにつけて右手を使うように強要されたりすることもありました。
左利きであることに引け目、負い目を感じ、コンプレックスになっていました。
19歳、麻丘めぐみの「わたしの彼は左利き」がヒットした時も冷やかされているようで、素直には喜べませんでした。

 

二十代の前半に箱崎総一という精神科医の先生が『左利き友の会』というのを設立され、活動されていました。気になりつつ、参加する勇気のないままにすぎ、25歳の時に『左利きの秘密』という先生の著者で会が解散したことを知りました。その本を読んだのがきっかけで、自分の左利きを正面から受け止め、左利きについて肯定的に考えられるようになりました。

 

そして、「左組通信」を出し始めたとき、友人の子供さんが左利きということで、ちょっとした相談を受けました。
祖父母が何かと「右手!右手!」とうるさく注意するので、学校が終わってからも家に帰らない、と。
私の子供のころから30年以上たっているのに、なおこのような悩みがあるのを知りました。
これはどうにかしなければと思い、子供の問題としても取り組むようになりました。

 

monoマガジン 左利き

左利きの活動のきっかけの一つとなったという
『モノ・マガジン』<左利き特集号>

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